身も蓋もないことを言ってしまうと、この本は『フランクリン・プランナー』の宣伝を兼ねた "取扱説明書" としての側面もあると個人的には思っています。
もっとも、フランクリン・プランナーについては無理に買う必要はありませんし、自分でノートに線を引けば似たような環境を作ることは可能です。もしフランクリン・プランナーの使い方が分からないのであれば、本書を読んでみると良いでしょう。
ちなみに私は、過去にフランクリン・プランナーを買ったことがあるのですが、上手く使いこなせなかったので、この辺を掘り下げるつもりはありません。
むしろ、個人的に刺さったポイントは、手帳術うんぬんとは関係ないところにあったりします。
個人的に感銘を受けた箇所
I形鋼の上を歩けますか?
I形鋼(アイがたこう)というのは、アルファベットの I を奥に伸ばしたような形状の、長い鉄骨のことです。工事現場の骨組みや、電動ホイストのレールなどに使われているアレのことですね。Iビーム(アイビーム)とも言います。
本項では、その I形鋼を例に、以下のような質問がされます。
- 「この I形鋼を地面に置き、綱渡りの要領で、その上を端から端まで渡りきったら100ドルあげます。やりますか?」
- 「では、その I形鋼が "地上400メートルのビルとビルの間" に置かれていたとしたら、最高100万ドルあげます。渡りますか?」
- 「それでは、向こう側のビルで "あなたの子ども" が人質にとられています。向こう側のビルに渡らないと、あなたの子どもを下に落とします。渡りますか?」
各質問ごとに環境や条件は異なるわけですが、この3つの質問に対して真剣に向き合うことで "自分が何を一番大切にしているのか?" が判明します。
私もそうですが、大抵の方はおそらく以下のような優先順位になったはずです。もちろん、何を優先すべきかは人によって異なるかと思います。
子ども > 自分の命 > お金
ちなみに、この項で筆者が行っているのは "偽善者探しゲーム" ではありません。「あなたが自分の人生において、一番大切にしているものは何ですか?」と問いかけられているわけです。
もし、自分の命や子どもの命より、お金を最優先に考えているというのであれば、それも1つの人生でしょう(というか、そこは本題ではないので別にどうでも良し)。
では「あなたが一番大切にしているものに近付くには、どのような行動をとっていけば良いと思いますか?」と自問自答していくわけですね。
目標を達成するためには、重要なものから優先的に片付けていく必要があります。ただ「それは分かっているんだけど、じゃあ "自分にとって重要なもの" ってどうやって見つければ良い(判断すれば良い)の?」となってしまう方も結構いらっしゃると思うんですね。
そんな時に、この I形鋼のシチュエーションに当てはめていくことで、人生設計や目標設定をする上でのヒントが見えてくる・・・という話です。
一見すると宗教くさい話に思えますが、こういったことを "後回しにせずに本気で考え続ける" ことによって、自分の価値観が徐々に明確になっていくわけですね。
ちなみに本項では、さらに突っ込んだエグい2択も出てきます。
内容が内容なので、ここでご紹介するのは控えますが「まあでも、人間ってそういうもんだよなぁ・・・」と色々と考えさせられました。0か100かで振り分けられない事柄も、世の中にはたくさんありますからね。
「SMART」な目標設定をするには
【SMART】とは、以下5つの要素を頭文字だけで表したものです。
- Specific(具体的)
- Measurable(計測できる)
- Action-oriented(行動を促す)
- Realistic(現実的)
- Timely(タイムリー)
上記は、目標設定を行う上で大変参考になる項目だと思います・・・が、正直ここだけ読んでも、自分の環境に置き換えてスムーズに目標設定を行えるかどうかは微妙なところです。器用な方であれば簡単にできるかもしれませんが、私には少々レベルが高く感じてしまうかな・・・
ただ、幸いにも本書では、自分でも気付いていない "真の人生目標" を手繰り寄せるための、ヒントとなる事例が大量に掲載されています。
本書が巷で "ライフハック本の皮をかぶった自己啓発本" のような捉え方をされているのは、こういった数々の事例集に感情を突き動かされることにより "心の根っこの部分で納得させられる" からではないかと思います。
数値ベースでの目標設定も大事ですが、大前提として「なぜ、その目標を達成したいのか?」「なぜ、その目標へと向かって行きたいのか?」という "気持ち" の部分が付いて来ていないと、エンジンが掛かりにくいんでしょうね。
「人格」は継続によって磨かれる
以下の格言を聞いたことがある方、結構いらっしゃるのではないでしょうか。
心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
運命が変われば人生が変わる
スイスの哲学者『アンリ・フレデリック・アミエル』さんによる格言です。
そして、この格言と似たような一節が、本書の第五章にも出てきます。
人格を単純に定義すれば、「自分ですると言ったことを実行すること」とでも言ったらよいだろうか。
もっとあらたまった定義としては、「人格とは、価値ある決定を、決定したときの感情が去ったあとでも確実に遂行していく能力」となる。
『TQ―心の安らぎを発見する時間管理の探究』237ページより引用
"人格" と言ってしまうと、私はお世辞にも性格が良いとは言えないのでアレですが・・・
ただ、少なくとも "良い習慣を何か1つでも続けられるようになると自信がつく" のは間違いありません。
たとえ遠回りだとしても、そういった習慣を1つ1つ増やしていくことで徐々に外堀は埋まっていくので、腐らずに続けることが大事です。
操り人形か、それとも人形遣いになるか
いわゆる "毒親" に悩まされている少年の話です。
彼は、毒親への対抗策として "言うことを聞かない" "煽って神経を逆なでする" などといったものを考えましたが、結局のところ "ありのままの自分でいる" という選択肢に辿り着きました。
ちなみに本書では、このことを "操り人形の糸を自ら切る" といった例えで表現しています。
話が若干横道にそれますが・・・よく "逆張り" したがる人っていますよね。巷の多数派の意見と正反対のことを言ったは良いけど、そこに確固たる根拠も信念も無いという。
先述の彼が当初考えていた2つの対抗策もそれと同じで、結局は "逆張りしている時点で、相手側の意見に操られている" わけです。
逆張りしている人達がその構造に気付いているかどうかは分かりませんが・・・ともあれ、前へと進むためには "受け入れられるものは受け入れつつ、どうしても譲れないものはしっかりと主張する" ということが大事だと思います。
何事も、自分の頭で考えて答えを導き出していかなければいけない、ということですね。
「リアリティー・モデル」を使って間違った行動を見る
「一見すると健康的だと思われる行動も、置かれた環境や体のコンディション次第では、むしろ逆効果になってしまいますよ」という話。
例えば、私が実際にやってしまった失敗としては、以下のようなものがあります。
- ケース1:初心者がいきなり立ちコロに挑戦して腰を痛め、腹筋ローラーが約3週間できなくなった
- ケース2:毎日1~2時間ブッ通しで本の音読を続けていたら、息を吸う度に咳が出るようになった
ちなみに "リアリティー・モデル" とは、筆者の『ハイラム・W・スミス』さんが提唱している行動分析方法です。本書の255ページあたりから詳しく解説されています(新版はページが異なるかも)。
【心理的欲求】 → 【思いの窓】 → 【ルール:もし~ならば~】 → 【行動パターン】 → 【結果】 → 【フィードバック】 → 【心理的欲求】 → 以下ループ・・・
これを先ほどのケース2に当てはめると、こんな感じになります。
- 心理的欲求:知識を増やしたり、脳を活性化させたい
- 思いの窓:この不安定な時代を生き抜くには、自分自身の性能を上げるしかない
- ルール:自分の性能を上げるためならば、多少の身体の不調は無視する
- 行動パターン:毎日1~2時間ブッ通しで、本の音読をし続けた
- 結果:息を吸う度に、咳が出るようになった(現在は回復)
- フィードバック:ブッ通しではなく、時間を小分けにして音読をすれば、症状が軽くなるかも?
書き起こしてみて思ったのですが・・・やっていること自体は『PDCAサイクル』と似ているかもしれませんね。Plan(計画) → Do(実行) → Check(評価) → Act(改善) に "感情" の要素を加えた感じでしょうか。
間違った想いは長期的な欲求を満たさない
本書の第八章に、このような一節があります。
「俺が駄目なのは親が駄目だったからさ」といった議論は、私個人としては受け入れられない。
私たちは皆、精神的または情緒的に障害を持っていない限り、ある時点で自分に対して責任を取らなければならない。
したがって、「思いの窓」に何を映すかは自分自身の責任である。
『TQ―心の安らぎを発見する時間管理の探究』338~339ページより引用
一見すると精神論・根性論っぽいニュアンスにも思えますが、要は「試しに、別の視点からも見てみたら?」という話ですね。責任うんぬんは、いったん置いといて。
現在取り組んでいることがイマイチ上手く行っていないのであれば、もしかすると "やり方に問題がある" のかもしれない。じゃあ、その問題とは一体何か?
ここで、前項の "リアリティー・モデル" が役に立つわけですね。
理想の自分を見つけるための自己評価
"自分を認められない人は、周りの人達を認めることもできない" みたいな感じでしょうか。
ちなみに筆者は本書にて、自分自身を認めてあげることを "10点満点" という点数で表現しています。
世の中には、謙虚に振る舞うことを美徳だと思い過ぎるがあまり、自己評価を極端に下げてしまいがちな方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実はそれこそが罠である、と。
「10点満点の理想的な自分になる自信がないから、保険をかけて4~6点って言っておこう」みたいなことですね。
これが表向きの点数であればまだ良いのですが、やはり "言霊" というものもあるわけで。謙虚であろうと思い過ぎるがあまり、実際の自分の気持ちまで低く見積もってしまうと、本当に4~6点の自分から抜け出せなくなってしまうかもしれません。
難しいのは、だからと言って「傲慢に振る舞え」と言っているわけではない、ということですね。
そう言えば、俳優の大滝秀治さんが、このような格言を残されているのを思い出しました。
【自信の上には奢りがあり、謙遜の下には卑屈がある】
本書がキリスト教的な価値観に基づいている一方、上記の格言はすごく仏教的だと感じます。
自信と奢り、謙遜と卑屈の線引きはなかなか難しいところですが・・・やはり、何事もバランスが大事なのかもしれません。
価値観に順応することが成功への鍵
壁に頭をぶつけるという行為は、他人の価値観に沿って動くということだ。
そういった人たちは、「そのうち壁は壊れるんだし、効果があるではないか」と言うが、少なくとも、壁を抜け出るのにもっと簡単な方法があるはずだ。
意外にも、あなたが頭をぶつけている壁からそんなに遠くないところにドアがあったりする。
ドアを開けるのに鍵は必要ない。
いや、壁など初めからついていないのだ。
ただ、そのドアを開けて通るには新しい考えを受け入れなければならない。
『TQ―心の安らぎを発見する時間管理の探究』363ページより引用
いわゆる "灯台下暗し" ってやつですね。
"操り人形~" の項にも通じますが、「実は相手側の思惑どおりに動かされていただけだった」なんて話は、世の中にたくさん転がっていると思います。
なお、本項の見出しがやや紛らわしいですが、これは「誤った価値観を持つ方々に順応しよう」という話ではありません。一緒になって陰口を言ったり、不正を働こうなどという連中とは距離をおきましょう。
そうではなく、「新しい価値観が出てきたときに、柔軟に対応できるように日頃から準備しておこう」という話ですね。
「行動」を決定づけてしまう三つの感情
本項では、自分の行動を動機づけるものとして、以下の3つが挙げられています。
- 恐怖感
- 義務感
- 愛情
世の中のほとんどの方々はおそらく、前者の2つ(恐怖感・義務感)に突き動かされる形で、日々の行動をおくられているのではないでしょうか。かく言う私がそうだったりします。
後者の "愛情" ってのは、いわゆる "天職を見つけた方々の特権" ですね。この境地にたどり着けた方々は、だいぶ仕事がラクになるかと思います。
もちろんこれは、サラリーマンだからどうのこうの・・・といった話ではありません。サラリーマンでも、自身の仕事に愛情を持って取り組まれていらっしゃる方はたくさんいらっしゃるでしょう。
あと、本書では恐怖感や義務感を "悪いもの" として扱っているところが若干ありますが、個人的には恐怖感も義務感も生きていく上ではある程度必要だと思っています。
ただやはり、自分の仕事に愛情を持てること自体は素晴らしいことですし、目指したい方向性ではありますね。
「人に仕える精神」こそが人の心を動かす
本項については、解釈を誤ると「あいつ1人でテキパキ動いてるから、全部押し付けとけば良いんじゃない?」みたいな感じで、部下にナメられる上司になりかねない気もします。
私もサラリーマン時代、上司の立場におかれたことがあるのですが・・・上に立つって結構難しいものです。やり過ぎてもいけないし、やらなさ過ぎてもいけないし。
当たり前ですが、本項見出しの "仕える" というのは、「部下に媚びろ」とか「部下にヘコヘコしろ」といった意味ではありません。彼らを動きやすくする・仕事へのモチベーションが上がるように "インフラを整えてあげる(働きやすい環境を作る)" みたいなニュアンスが一番近い気がします。
そして、権威を振りかざすのではなく "威厳" を保つことが大事です。威厳とは、単にエラそうにしていれば出るものではないと思います。
上に立つとついつい "人間としての格が上がった" などと勘違いしてしまいがちですが、行動が伴わない上司に部下は付いてこないものです。
真のリーダーは力を持っている。
それは決して地位や富または称号からくるものではなく、人に影響を及ぼす力であり、この人になら従ってもいいとする下の人々から与えられるものである。
そして、真のリーダーは、その持っている力を人と分かち合う義務がある。
言い換えれば、従う人に力を与えなければならないのだ。
『TQ―心の安らぎを発見する時間管理の探究』393ページより引用
あとがき
本当に一部しかご紹介できませんでしたが・・・本書は間違いなく、読み込む価値のある本だと断言できます。
時間管理術・手帳術・目標設定術だけだと、読み手の注目がテクニックだけに向いてしまいがちです。本書はそこに "読み手に納得してもらった上で行動へと駆り立てる" ためのメッセージが所狭しと書かれています。
ただ、先述した本書の構成上 "自己啓発" 色がやや強めなところは、人によって賛否が分かれるところかもしれません。とりわけ、終盤はキリスト教的な価値観に基づいた描写が多いため、そのまま鵜呑みにし過ぎるのもどうなのかな・・・といったところはありますね。
もちろん、キリスト教を否定しているわけではありません。
当記事でもご紹介させていただいた大滝秀治さんの格言じゃないですけど、場合によっては仏教的な要素がハマる場合もあったりしますからね。そこは、ご自身の状況に応じて、柔軟に取り入れていけば良いのではないかと思います。
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