HAGANEYA(@imech_jp)です。

“仲の良い友人全員が進学する高校” への進路を希望したところ、両親と担任は反対しました。

担任には「”友達が行く” というのを理由で進路を決めるのは良くない」と言われ、両親には「お前は早起きできないんだから、近場の高校にしなさい」と言われたのを覚えています。

結局、妥協して別の高校に進学してしまったこともあり、高校生活は “消化不良” 状態で過ぎ去ってしまいました。

この時に「身近な人間の意見に流されるのは危険」だということを学んだのかもしれません。

 

コンビニの正社員になる時、両親は反対しました。露骨に猛反対したわけではないですが、やんわりと “別業種の求人広告” を見せるなどして、遠回しにコントロールしようとしているのが見え見えでした。”あの時” と同じです。

ところが正社員になってしばらく経つと、パタッと何も言わなくなりました。

 

フリーランスの道を歩み始めた時も両親は反対し、再び求人広告を見せてきました。内容は “コンビニの求人広告” でした。

なぜ、コンビニの正社員になるのを反対していた両親が、手のひらを返したかのように “コンビニの求人広告” を見せてきたのか?

それは「フリーランスよりは、コンビニのほうが多少は安定している」と考えたからだと思います。

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”自分が経験したこと” 以上のアドバイスは「絶対に」できない

このことからもわかるかと思います。”自分が経験したこと” 以上のアドバイスは「絶対に」できない、と。

担任は、”友達が行く進学先だから” という理由で進路を決めた経験がないのかもしれません。両親は、フリーランスで働いた経験がありません。

人は、”自分が経験したことのないこと” に身近な人間が挑戦しようとすると、考えなしに ”危険” だと判断してしまうのです。その一方で「当たり障りのない予定調和な道を選択し続ける」と、喜んで応援し始めます。

他人のNO!に、自分の一番大切なものを折られないようにしたい|ICHIROYAのブログ

そうやって “他人の身勝手な価値観に縛られてしまう” 人間は、世の中に星の数ほど存在します。

 

承認欲求を行動の動機にする危険性

身近な人間に “価値観の主導権” を握られてしまいがちなタイプの人は、赤の他人にすらも “その後の人生を振り回されてしまう” 可能性が高くなります。

もちろん、ある程度 “友人・家族・会社などに価値観を合わせようとする姿勢” は大事です。ですが、行き過ぎると「自分自身が無くなってしまう」羽目になりかねません。

 

●自分の価値観と違う行動へ向かわせる「他人の目」

他人の目を無視するのは難しい。尊敬していたり、一目置いていたりする人の場合であればなおさらであろう。

人は皆、自分自身の自尊心を肯定してくれる他人からの認知を求めるものだ。常に自分のことは良く思いたいし、人に良く思われたいと願っている。しかし、この他人の同意を得たいという気持ちがプレッシャーになり、私たちが本来持っている真の価値観とは異なった行動に出てしまうことが我々にはよくある。

こうして、人から認めてもらおうと躍起になればなるほど、私たちは人生のコントロールを失ってしまう。自分自身ではなく他人の価値観に沿って行動するようになるからだ。

また、人を喜ばせるにはどうしたらよいかを推し量りながら行動する場合がある。これは、私たちが他人の価値観を自分自身の理解に照らし、そこで出来上がったイメージに従って行動している以外の何ものでもないのだ。こうした生き方は全く非主体的でしかなく、私たちのストレスの大きな原因となってしまう。

TQ―心の安らぎを発見する時間管理の探究」345~346ページより引用

TQ―心の安らぎを発見する時間管理の探究

 

友人から尊敬されたい、親から認められたい、上司に評価されたい、彼女の前でカッコイイ所を見せたい、などなど・・・誰でも、このような欲求を持ったことはあるのではないでしょうか。

私は元々、自己評価が極端に低いタイプなので “嫌われないよう相手に合わせる” ことが当たり前の日常でした。

ですがあまりにもそれが行き過ぎてしまい、ついには「自分の本当の性格がわからない」ぐらい病的な領域まで達してしまいました。結局 ”合わせ過ぎていた” 時代の友人とは縁を切っています。

 

俗物的な動機だけではなく “内省的な動機” を持つ

私が筋トレを始めたのは「松本人志さんや長渕剛さんのような “屈強な肉体” を手に入れたい」というのも動機の一つです。単純に「強い男になりたい」という願望は、男性であれば一度は抱いたことがあるかと思います。

ですが、一番の動機は「良質の習慣を形成することで “一生揺るぐことのない自信” を付けたい」というものです。

このブログも基本的には同じで「勉強したことを書き続けることで “成長” したい」という思いが先です。

「訪問者の需要を満たしたい」とか「人気ブログに育てたい」という願望が全く無いわけではありません。ですがそれらは、勉強したことを書き続けることで ”成長” した「その先」にあるものだと考えています。「成長したい」という大きなカテゴリの中の “サブジャンル” に過ぎないものです。

 

最後に

”他人から承認されたくて” 始めたことは、基本的に長続きしません

なぜなら「承認されなくなったらやめてしまう」からです。 一見、承認欲求だけで成功しているように見える人も、裏では “内省的な動機” を持っていると思います。

もし、長続きする仕事や趣味などを見つけたいのであれば「誰からも干渉されない環境で、ひたすら自分自身と向き合い続ける」しかありません。

こう書いてしまうと「じゃあ “団体” で行う仕事や趣味はどうなるんだ?」と思われるかもしれませんが、考え方は一緒です。「本当に心の底から(その仕事・趣味を)楽しめているのか?」と自分自身に問いかけ続けてみてください。

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