HAGANEYA(@imech_jp)です。

ここ最近は、日刊更新を絶対に崩さないように気をつけています。

世の中には、日に4~5記事ぐらい余裕で執筆できる方もたくさんいらっしゃるので、日刊自体は別に大層なことではありません。ただやはり、毎日何かしらのネタを絞り出す必要があるので、自己管理を油断していると、徐々に時間に追われるようになってきます。

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「今日はキツイな・・・」と思った日も休まず書き続けたほうが良い

時間に追われたり疲労が溜まってしまうというのは、完全に「自分のせい」です。そうなってしまう前に、行動パターンを変えるしかありません。

私の場合「ついついたくさん寝てしまう」とか「後回しにしてしまう」のが原因なので、ついついたくさん寝てしまわないための仕組みづくり・後回しにしてしまわないための仕組みづくりが必要になります。

 

一応「時間に余裕が無い時でも、休まずに毎日記事を書き続ける」というのを、自分との最低限の約束としています。なぜなら、休んでしまうと「休みグセ」がついてしまうことが、過去の経験からわかっているからです。

「明日やればいい」は絶対禁物です。警察官は”明日”何が起こるか分からない仕事なので、翌日に回した仕事が必ずできるとは限りません。

「徹夜してでも”今日の仕事”は終わらせる」ベテラン刑事が凶悪事件を解決するために実践していたタフな眠り方 | ライフハッカー[日本版]

 

情報発信!と意気込まず「ログを残す」を意識すればブログは勝手に続く

記事を書くモチベーションが下がる理由の一つには、ブログを書く動機が「有益な情報を提供すること」になってしまっている、というものもある気がします。

もちろん「対外的には」模範となる素晴らしい動機ですが、これによって無意識に自分自身の中にストレスが溜まっていないでしょうか?こういうのって案外「自分では気づけない」場合があるので、気をつけなければならなかったりします。

 

ただし、ここで気を付けたいのは「情報発信!と意気込まない=有益な情報を発信しなくて良い」というわけではない、ということです。イメージ的には「有益な情報を発信する」という大前提を保ったまま「心の持ち方だけを変える」という感じが近いかもしれません。

別に、他人にとって有益な情報じゃないとしても「自分にとって有益な情報」であれば良いと思います。自分にとって有益な情報であれば、割と勝手に貯まっていくのではないでしょうか。テレビのワイドショーでも、ブログの記事でも全然構いません。それを「ちょっとだけ話を膨らます」だけで記事になっちゃったりします。

 

禁じ手だけど「愚痴」も場合によっては・・・

極端な話「愚痴や泣き言をブログに書く」ことが、あなたにとっての「成長の記録」なのであれば、それでも構わないと思います。ですが、単なる愚痴になってしまいそうな場合は、ブログに書くよりもEvernoteや日記帳などの「閉ざされたスペース」でやったほうが良いです。

なぜなら、この手の記事を書いている人の原動力は「他者への依存」である場合が多いからです。つまり、ただの愚痴だと「読む人がいなくなったら、書かなくなってしまう」おそれがあります。こういう場合はやはり「自己との対話」に徹することができる環境を作ったほうが良いかもしれません。

 

逆に言えば、ついつい愚痴をブログで書いてしまう人は「愚痴や泣き言がコンテンツになる仕組みを作ってしまえば良い」という考え方もできるということです。

ただただ、ストレス発散になってしまっては自己完結です。単なる愚痴を「問題提起」などに発展させることによって、同じ考えを持つ人達に読んでもらいやすくなると思います。

愚痴を日記帳ではなく「あえてブログで書く」人というのは、ほぼ間違いなく「周りから心配してもらいたい」と思っているはずです。だからこそ、愚痴をコンテンツにアレンジすることによって、他人にとっても有益(かもしれない)愚痴になると思います。

 

最後に

この記事も、一見「涼しい顔」で書いているようで時間に追われながら書いています。

記事自体は40分~50分で完成しましたが、案外このように「わざと時間に余裕を無くす」というのも、短時間で記事を書き上げる(日刊更新を続けやすくする)には良いのかもしれません。

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