HAGANEYA(@imech_jp)です。

最近、未完成の状態で記事を投稿することが多くなりました。これが良いのか悪いのかわかりませんが、自分の中で「ある変化」が生まれたような気がします。

変化というのはつまり「完璧主義をやめられた」ことなんですが、具体的にどの辺が完璧主義じゃなくなったのかを見ていきたいと思います。

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目次

 

「本題」を先に仕上げてしまう

訪問者が読みたいのは「本題(記事のメイン部分)」です。残念ながら、管理人の”人となり”には興味がありません。

校長先生や来賓席の「知らないオジサン」が、つまらない長話をし始めた時のことを思い出してみてください。あれと一緒です。基本的に、訪問者は「とっとと用を済ませたい」と思っています。

定期読者(ファン)が付く人だって、別に奇をてらっているわけではなく「役に立つ情報を発信し続けた結果、興味を持ってもらえた」だけに過ぎません。仮に、奇をてらいたいにしても「順番が逆」だと思います。

 

「言い回し」にこだわらない

前項の繰り返しになりますが、訪問者は管理人に興味がありません。個性を出さなきゃ出さなきゃと思っていればいるほど「独特な言い回し」にこだわり始めます。

それでファンが付かないとは言い切れませんが、おそらく「TPOをわきまえられない」方々も大量流入します。後々面倒なトラブルに巻き込まれる可能性が高いので、基本的には「やめておいたほうが無難」です。

もちろん、それが「地のキャラ」であれば、隠す必要はないと思います。地のキャラを隠そうとして、ぎこちなくなるのであれば本末転倒です。

ヤバいのは「キャラを演じている」場合です。絶対にボロが出ますし、ナチュラルボーンで面白い人には絶対勝てません。ただただ「痛いヤツ」だと思われるだけです。

キャラを演じようとしてしまう背景には「短期間で結果を出したい」という欲求・心理が働いている気がします。その心境はわからなくもないですが、それはある意味「ラクしたい」の裏返しでもあるので、一時的に人気が急上昇したとしても、すぐに落ちる可能性が高いです。訪問者は意外と、こういう所を見抜いていたりします。

 

「目次」は後回し。短めの記事には不要。

Tips(お役立ち)系の記事には「目次」があると喜ばれます。記事をスクロールする手間が省けるので、単純に便利です。

その一方で、目次付きの記事は目次無しの記事に比べ、どうしても「作業量」が増えてしまいます。記事内リンク(文中リンク)を設定する必要があるからです。

私の場合「目次に戻る」ボタンも多用するので、長い時だと30分以上掛かることもあります。

こういう場合は、いったん「目次無し状態の記事」を投稿してしまい、後からゆっくり記事内リンクを設定していったほうが良いです。とりあえず「最低限、記事を読むことが出来る」状態にはなっているので問題ありません。

なお、言うまでもないですが「短めの記事」「見出し少なめの記事」に目次は不要です。あったほうが便利かもしれませんが、労力に見合ってません。「記事には必ず目次を付けなきゃいけないのか…」という間違った解釈にとらわれてしまうと、いつしか記事を書くこと自体が億劫になってきます。

 

「アイキャッチ」は後から追加

アイキャッチ画像(記事冒頭に挿入されるイメージ画像)は、そもそも使わないという方も多いです。

「アイキャッチに依存すると、肝心の記事内容がおざなりになってしまう」という意見もありますが、私はあっても良いと思います。

ただし「アイキャッチ画像が見つからないのが原因で、記事が投稿できない」となってくると本末転倒です。別に、訪問者は「アイキャッチ画像を鑑賞しに来ている」わけではありません。

文章をしっかり書いていれば、読み手には伝わるものです。アイキャッチ画像なんて「後から挿入したって問題ない」ですから、とっとと記事を投稿してしまいましょう。

 

最後に

こういう記事を日刊更新20日目の段階で書いてしまうこと自体が「完璧主義をやめた」証拠です。どうせなら「(習慣が定着すると言われている)21日目まで待てよ」とも思いましたが、それもこれも完璧主義をやめたせいにしておきましょう。。。

日刊更新が定着してきたことによって「何も無いけど頑張ってしぼり出そう」という場当たり的なスタンスから「1日1つ、何か勉強したことを書いていこう」というスタンスに変わりました。それなりに負荷は掛かりますが、新しいことをうろ覚えではなく「しっかり覚える」ことが出来るので、満足感・充実感があります。

また「テレビ番組を観ての感想」のような、ややユルめの記事も挟み込む余裕が出てきたのは大きいかもしれません。「役に立つ記事を書かなきゃ!」「差別化しなきゃ!」という思いにとらわれ過ぎると、こういった発想も出てきませんし、本来の目的である「自分自身が成長するために書く」といった部分がおろそかになってしまいます。

完璧主義の人間がやる仕事は、結局のところ「完璧ではない」です。7〜8割方完成したものを出して、少しずつブラッシュアップしていくほうが遥かに敷居は下がりますし、むしろ完璧主義者が求めている「完璧」の定義により近づいていける気がします。

長期的な視点で見れば、出したばかりの未完成な記事なんて「誤差の範囲」です。むしろ、後から編集が繰り返されているほうが「テコ入れされている信頼感」につながりますし、結果オーライだと思います。

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